職業外交官の経験を生かし、「他者」との媒介ができる存在に
田中 那美 シニアコンサルタント
これまでどんな仕事をされていたのですか。
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広い視野で仕事をしたいとの思いから外務省に入省し、職業外交官の道をその後15年間歩みました。東京にある外務本省はそれぞれの国や地域との関係をみている地域局と、経済や軍縮など事項別の担当をしている機能局に分かれています。私は専門語学がドイツ語であるため最初の配属こそドイツ語圏や東ヨーロッパ諸国を担当する中・東欧課だったのですが、その後は一貫して機能局、特に経済局という経済外交を担当する局に長くおりました。経済局ではエネルギーや食料などの経済安全保障・資源外交や、G7伊勢志摩サミットに携わりました。15年間のうち研修時代を含めるとドイツ、オーストリア、ラトビア、ケニアと計7年の在外勤務をしました。その中でも思い出深い経験をお話しますと、コソボの独立式典に日本政府から初めて代表として出席したことが挙げられます。
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バルカン半島はヨーロッパの火薬庫と言われますが、まさに現地入りした時に街にはためく米国旗やEU旗、ワシントンからの代表団の多さなど、コソボ独立がアメリカ・ロシアという大国間のせめぎあいの象徴であることを目のあたりにしました。また、数年前には在ラトビア大使館の政務経済班長としてバルト三国とロシア、EU・NATOの関係を分析していました。2022年のロシアのウクライナ侵攻について実はかなり早い時期から予兆を感じてモニタリングしていましたが、これは外務省での経験の賜と思っています。
そこからマカイラに転職したきっかけを教えてください。
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2013年から2017年まで3年半、資源外交の中でも水産分野の交渉をしていました。実際に転職するまでには少し時間があいたんですが、マカイラという会社を知ったのも、マカイラに転職しようと考えた理由もこの3年半の中にあります。まず、マカイラというのはクロカジキという魚です。私はマグロ類を管轄する国際機関の担当をしていたんですが、これらの国際機関の管轄の中にクロカジキを含むカジキ類があり、そこからマカイラ=魚と知っていたので社名をみたときには水産会社かなと思ってネットで検索したんです。そこでおもしろそうな会社だなとブックマークしたところがご縁のはじまりでした。 外務省は広い視野で世界全体を俯瞰して大所高所から日本の国益を考えます。他方、俯瞰するとミクロな部分は見えづらくなってしまいますよね。ですので、日本の産業については他省庁を通じてしか関わらないことが多いのですが、水産分野では実際に漁業会社の方々とお会いする機会が多く、現場の感覚を教えていただいて刺激を受けました。
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水産外交は各国の漁業者・水産当局だけではなく、外交当局、水産資源の枯渇や混獲されてしまう海鳥などに関心のある環境団体、大陸棚や領海などに関心のある国際法関係者、そして消費者というようにステークホルダーが多岐にわたります。それぞれがそれぞれの関心で動いているため、ダイナミックな交渉が展開されるんです。私も条約交渉をリードするような立場になり、知識もコミュニケーション力も自分の持てる力をすべて出し切って多国間の合意をまとめていく交渉の醍醐味に魅了されてしまったんですよ。ひとりで交渉の場に臨んで、各国の意見の違いで交渉がスタックしてしまった際に、うまくまとめる妥協案を頭からひねり出し、みんながそれに同意してくれた時の気持ちの高揚、各国の外交官から感謝された時の感激はいまでも覚えています。それが自分が大きな組織から出て、多様なステークホルダー間の交渉に従事したらどんなことができるだろうと思い始めたときでした。
今どのような仕事をされているのですか。
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マカイラのクライアント様は日本市場に関心のある外資企業と新たなビジネスを考えている日本のスタートアップが大半です。クライアント様に国会や行政の動向を分析してお伝えしつつ、ルールを守りながら、時には時代に合わせた必要なルール改善を促してビジネスを行っていく方法をご提案し、伴走させていただいています。 現在の世界の課題の一つとして脱炭素・グリーントランスフォメーションがありますが、私もエネルギー・環境に関するこれまでの経験を活かしつつ、この時代に合ったビジネスやルールのあり方をクライアント様、政府の方々、有識者の皆様と一緒に日々考えています。
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マカイラは急成長していまして、社員の数も増えました。私は成長に合わせた人事制度や研修制度が必要だと考えたのでこれを提案し、社内で仲間を募って議論を重ねて作っていっています。社内ピッチ制度や勉強会開催をエンカレッジする制度も作りました。こういったことは誰に頼まれたわけでもないですが、必要だと思う改革はどんどん提案し、議論し、よりよく変わっていけるという柔軟性はマカイラの際立った特徴だと思います。
今後のビジョンについてお聞かせください。
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業界が異なれば使う用語が異なりますし、経歴が異なれば思考回路も違いますよね。マカイラの役割とは、背景や言語が異なる「他者」との関わり方を考えていくことだと思います。官と民、業界間、そういったところをつないで対話を成功させる通訳のような役割と言えるかもしれません。この役割を担う人は、様々な背景や言語に通じていること、また、知らない異文化に通じようと努力できることが大切です。しかし、実はこれはパブリックアフェアーズを職業とする者にだけ必要なのではありません。移動の少ない閉じた社会では、自分たちと異なる、異質な「他者」の存在は意識しなかったかもしれませんが、人も物・サービスも情報も早いスピードで移動する現代社会では「他者」に触れる機会は格段に増えています。
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ですから、この「他者」と関わる能力というのは多様化・国際化する社会の中では多くの人に必須となる能力・態度だと感じています。また、人は「他者」と相対することを通じて、自己というものを明らかにし、個人として成長していくものだと思います。マカイラの理念・役割が社会に浸透することは、社会のあちこちでの対話の活発化につながると思っています。私も会社を通じ、また個人として、異質な「他者」とどう関わっていくのかという問いを深め、対話の活発な社会に貢献していきたいと考えています。
田中 那美 シニアコンサルタント